東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)155号 判決
一 請求の原因(一)ないし(三)の事実、すなわち、原告がその主張のごとき本件特許の特許権者であり被告が原告主張のごとき本件実用新案につき前権利者である訴外山田績から権利の移転を受けたことその他本件についての特許庁における手続の経過、本件特許の明細書における特許請求の範囲の記載、および、本件実用新案にかかる腕鎖の構造、ならびに、本件審決の理由の要旨、以上については当事者間に争いがない。
二 そこでまず、本件特許の権利範囲について判断する。
(一) 当事者間に争いのない右特許請求の範囲の記載に甲第三号証(本件においては、甲、乙各号証とも、その成立につき当事者間に争いがない。)の記載を合わせ考えると、本件特許発明の要旨は、中空リンクおよびこれを互いに関節的に、かつ、伸延可能に結合し、発条作用に抗して旋回しうべき結合リンクより成る伸延可能なリンクバンドであつて、
(イ) 中空リンクが任意の断面形の円筒状鞘のバンド縦方向において、互いに転位された二組により形成されていること、
(ロ) 結合リンクが、バンド縦縁中に設けられたU字形結合彎曲片により形成され、該結合彎曲片は、各二個ずつその一方の脚をもつて一方の組の鞘の開放端中に挿入され、その他方の脚をもつて他方の組の転位して位置する隣接した鞘中に挿入されていること、および、
(ハ) 各鞘中には、「結合彎曲片を鞘中に確保し、」かつバンドの伸延あるいは彎曲に際し発条的に反対作用する彎曲板発条が設けられていること
の各要件を備えていることにあるものと解せられる。
(二) そして右の(ハ)の要件は、彎曲板発条の特徴を限定し、それがバンドの伸延あるいは彎曲に際し発条的に反対作用する機能のほかに、結合彎曲片を鞘中に確保する機能をも果たすものであることを明らかにしたものと解せられる。
ところで右の点につき本件特許の明細書中に用いられている「結合彎曲片を鞘中に確保し」という字句は、技術的表現として、一おう常識的、一般的には、結合彎曲片を鞘の中にしつかりと保持してそれから脱出しないようにすることを意味する趣旨に解される。そして甲第三号証によれば、右明細書中「発明の詳細なる説明」の項には、冒頭に、「本発明の要旨とする所は」の書出しで、特許請求の範囲の記載とほぼ同文で「中空リンクが………………且各鞘中には結合彎曲片を鞘中に確保しバンドの伸延或は彎曲に際し結合彎曲片の旋回に対し発条的に反対作用する彎曲板発条が設けられたる点に存す」としたうえ、これに続けて「特に間隙を以て鞘中に座着する結合彎曲片の脚は高さよりも広き幅を有し且その内側上に横溝を備へ該横溝中に縦方向に鞘中に設けられたる板発条がその彎曲端を以て掛合する如く構成せらるることを得」と記載してあり、また同項第三文には、「次に図面に依り本発明を更に詳細に説明すべし」として、まず、いずれもその端において開放せる上部組鞘10と下部組鞘11とを、バンドの縦方向においてリンクの半分の長さだけ転位させて、リンクバンドを構成し、各鞘10、11中には、彎曲端13をもち、そして縦方向に彎曲されている板発条12がバンドの外面の方に、従つて、上部組では上方に、下部組では下方に向けられるよう配設されており、そして上部および下部の各組の鞘を結合するためにU字形結合彎曲片14が役立ち、この彎曲片の脚15、16は厚さよりも大なる幅を有し、その内側上においては平に構成せられ、横溝17、18を備えている旨三つの組成部材の構造とそれらの全体的な配置関係等について順次に説示した(以下この部分を仮りに第一段という。)のに続けて、「結合彎曲片14はその上部脚15を以て各2個づつ相並びて上部組の鞘10の開放端中に挿入せられ以て該結合彎曲片14が板発生条12の彎曲端13上に接着し此の端が横溝17中に掛合するが如くなされたり結合彎曲片14の下部脚16は同様にして各2個づつ下部組の隣接せる鞘11中に導入せられ以て下部脚16が板発条12の下方に彎曲せられたる端13の下に接着し之等端が横溝18中に掛合する如くなされたり」とし(以下この部分を仮りに第二段という。)、さらに「脚15及16の厚さは鞘10、11の内径に比して板発条12が結合彎曲片14の脚15、16の挿入に依り彎曲片14が…………大体に於て垂直なる位置に圧迫せられバンドリンクが互に収縮せらるるが如き軽微なる最初張力をこそ得るが如き…………寸法となされたり然れども…………板発条はその彎曲形を維持し従て脚は間隙を以て鞘中に座着し鞘中にて回転することを得バンドを伸延する場合には………結合彎曲片14は旋回せられ此の場合脚15及16は鞘10及11中にて回転し板発条12は押圧せらるその張力は高められ従て該張力はリンクバンドに於ける牽引が中絶する場合結合彎曲片14は再び………殆んど垂直の位置に圧迫せられ鞘10及11は収縮す」と記載し(以下この部分を仮りに第三段という。)右の第二段の部分においては、結合彎曲片の脚を鞘の開放端中に挿入した場合における彎曲片と板発条との掛合関係を主として、また右第三段の部分においては、同様の場合における彎曲片と板発条との緊張の関係およびバンドの伸延の場合の彎曲片の旋回とこれがための板発条への押圧による板発条の張力の強大、これがための板発条の反対作用とバンドの収縮等を中心にして、それぞれ説明しており―そして右第二、第三段のいずれの部分においても、特許請求の範囲における「確保」の語が用いられていないことは同様である。
―、さらにまた、出願人の主観的意図がどうであるにせよ、本件特許発明の実施の態様を記載したものとみられる特許請求の範囲の「附記1」の項には、「間隙を以て鞘10、11中に座着する結合彎曲片14の脚15、16が高さよりも広き幅を有し且つその内側上に横溝17、18を備へ該溝中に縦方向に鞘中に設けられたる板発条12がその彎曲端13を以て掛合する特許請求の範囲記載のリンクバンド」と記載されていることがそれぞれ認められるのであつて(以上の各記載における彎曲板発条と結合彎曲片とを「掛合」したことによる機能が、彎曲片の鞘中からの脱落の防止にあることは、その構造についての各記載に照らし明らかというべきである。)、以上の諸記載を比較照合し、とくに前記第一ないし第三段の各記載内容とその順序にかんがみるときは、前記の「結合彎曲片を鞘中に確保し」というのは前記のいわゆる常識的な意味に用いられていて第二段の部分は、特許請求の範囲の彎曲板発条に関する記載中の右の「結合彎曲片を鞘中に確保し」というのに、また第三段の部分はその「バンドの伸延或は彎曲に際し発条的に反対作用する」というのに順次相対応して、それぞれその実施例を示したものとみるのが相当である(なお右第三段の部分中前半の「脚15及16の厚さは………軽微なる最初張力を得るが如き………寸法となされたり然れども………回転することを得」の記載について一言するに、もともとバンドの伸延等に際しての彎曲片の脚の回転とそれが板発条にもたらすその張力の増大による反抗作用とを利用した本件特許発明の構造において、この板発条が「バンドの伸延或は彎曲に際し発条的に反対作用する」といえるためには、板発条が彎曲片の脚に対して距たりがあつてはならないことはこの要件からして性質上当然であるといえようけれども、右の記載におけるように、前者が後者に記載のごとき軽微なる最初張力を及ぼすように構成されるのに限られるものではなく、これより強い押圧を加えるようにしてもよいであろうし、あるいはまた単に両者相接触の状態におくというがごときも必らずしも当らないとはいいきれないであろう。両者の相互関係に関するこれらのことは、要するに前記のように両者の交互作用を利用した本件特許発明の構成においての、彎曲板発条の「バンドの伸延或は彎曲に際し発条的に反対作用する」構造についての実施上の問題であつて、本件特許発明は右の記載によつて、この点につき実施例として、実際的見地から最も適当とされるであろう、両者をある種の作動態勢においた、板発条が彎曲片に説示のような軽微なる最初張力を及ぼすようにしたものを掲げているとみられるのである。そして重要なことは前記の前半の記載は、彎曲板発条について、その「発条的に反対作用する」という要件構造に関してのものであつて、その「鞘中に確保し」という要件構造に関するものではないとみられることである。)。
これを要するに、本件特許発明における彎曲板発条についての要件として、「結合彎曲片を鞘中に確保し」というのは、例えば彎曲板発条が結合彎曲片に、前者の端部に設けた彎曲端と後者の脚に設けた横溝とによつて、掛合するというのを一つの方法とし、その他その具体的な手段、方法については特に限定することなく、板発条によつて彎曲片を鞘中に確実に保持して鞘からの脱出を防止し、これによつてリンクバンドの解体を阻止する機能を果たさせることを意味するものと解すべきである。そして甲第三号証によれば、本件特許の明細書には、「発明の詳細なる説明」の項に本件特許発明の作用効果として、「本発明によるリンクバンドは極めて大なる伸張性及可撓性を有するを特徴とする」とか「最後に使用板発条が生起する弾性負荷に対して著しく抵抗性なるを以てその弛緩或はその破損の恐れなきことは特に有利なることなり」等の記載があることが認められるが、右のように解することがなんらこれらの記載にもとるものでないことは、前記説示に徴して明らかである(右の記載にいう、リンクバンドが「極めて大なる伸張性および可撓性」を有したり、使用板発条が「著しく抵抗性」であつたりすること自体は、本来本件特許発明が、結合彎曲片に配するに「バンドの伸延或は彎曲に際し発条的に反対作用する」彎曲板発条をもつてしたという、その基本的構造自体に由来するところというべく、彎曲片と板発条が前記の第三段の前半に記載されている特定の位置的相互関係にあることは、これによつてはじめて前記の「極めて大なる伸張性および可撓性」をもたらしたり、「著しく抵抗性」にしたりするものではなく、それは、むしろ実際上適切な円滑な作動に役立つものとみられるのであり、したがつて、明細書の前記各記載も、本件特許発明の前記の基本的構造がもたらす前記のような作用効果を明らかにしたのにすぎないとみられ、そこになんら前記解釈とそごするものはないのである。)。
(三) 原告は、前記「結合彎曲片を鞘中に確保し」における「確保」は、「バンドの伸縮に当つて結合彎曲片が鞘から抜け出すのを十分に防止できる」ことではなく、「彎曲板発条自体の形状より生ずる張力と結合彎曲片を鞘中に挿入した場合に生ずる張力との総合張力によつて彎曲板発条が結合彎曲片を鞘中に保持しておく」ことを意味するとし、その理由を請求の原因(四)の2の(1)ないし(5)においていろいろ主張しているが、そのうち(1)および(2)の主張は、要するに本件発明は鞘、結合彎曲片および彎曲板発条の三部材のみを用い、彎曲片の脚のカム運動により、リンクバンドにきわめて大きい伸張性および可撓性等を持たせるべく、板発条の張力を利用して、右三部材を弾性的に関節連結して成るもので、この点において従来のものとまつたく異なつた画期的なものであり、このような本件発明の基本的発明思想からすれば、板発条によつて彎曲片の鞘からの脱落を防止するか、鞘の折曲部によつて防止するかの相違のごときことは、本件発明の本質に影響を及ぼすものではないのであつて、右発明思想の本質に徴し、右「確保」は原告主張のとおりの意味に解せらるべきであるというにあるとみられるところ、甲第六号証の三(ハインリツヒ・ロバート・シツフアーの証言調書)中には同趣旨の供述記載があり、甲第五号証の二中にも原告の右主張にそう趣旨の見解が記載されている。ところで甲第六号証の一、二、三、および甲第七号証に、本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、本件特許発明が、中空筒状の鞘をくいちがいに上下二列に配列し、これを結合彎曲片で結合し、彎曲片の脚のカム作用と鞘に挿入した彎曲板発条の張力による反抗作用を利用して、弾性的に関節連結した構造において、まつたく、新規なものであることが肯認されるけれども(被告の主張するドイツ国特許第五〇三、六五〇号の時計バンドは、非伸延性のものであるから右認定の妨げとならないことはいうまでもない。)原告主張のように、この本件特許発明の本旨に即して、その主張のごとく解するためには、出願人の内心の意図はしばらくおき、そのように解すべき趣旨が明細書にあらわされていなければならないのであつて、明細書中の「発明の詳細なる説明」の項における前記第三段の前半の記載等がこの趣旨を示したものとは見られず、同項のはじめの本件特許発明の構造を説示した部分、図面により実施例を説示した部分および特許請求の範囲の「附記1」の項にくり返されている彎曲板発条と結合彎曲片との掛合の構造についての記載を、単に発明の実施上必要な附加的一手段についてのものと見るべき関係にないことはさきに説示したところから明らかである本件において、たやすく原告主張の発明の本旨にてらし、その主張のごとく解することは、特許発明の技術的範囲の解釈が明細書の記載によつてなさるべきことに反し、他人の産業活動に不測の拘束をもたらすおそれを招くものというべく、原告の右主張は採用できない。
つぎに、原告が請求の原因(四)の2の(3)で明細書の記載を根拠として主張するところ、および同(5)の主張は、右に説示したところに照して採用できず、また、優先権の基礎となつたドイツ国における特許出願と本件特許の出願との間でそれぞれの特許請求の範囲の記載の差異があることを根拠とする同(4)の主張は、かりに原告主張のような経過があつたとしても、第三者のたやすく知りえない右のような本件特許出願以前の経過を理由に、本件特許の権利範囲を左右するような解釈をとることの許されないことはいうまでもないことであるから、右主張もまた採用のかぎりではない。
三 つぎに、本件実用新案にかかる腕鎖が請求の原因(二)に記載された構造を有するものであることは、前記のとおり当事者間に争いがないところ、右腕鎖と本件特許発明とを比較すると以下のとおりである。
(一) 本件実用新案の腕鎖の函状鎖片から底板を除いたもの、連片および底板は、それぞれ、本件特許発明における鞘、結合彎曲片および彎曲板発条に相対応しており、両者は、中空リンクおよびこれを互いに関節的に、かつ伸延可能に結合し、発条作用に抗して旋回しうべき結合リンクより成る伸延可能なリンクバンドであり、
(1) 中空リンクが任意の断面形の円筒状鞘(原被告とも、本件実用新案のものの函状鎖片がこれにあたる旨主張しているが、乙第一号証記載の見解にもあるとおり、底板が函状鎖片の底をなしているとみられる部分は底板のきわめて僅かな部分であるから、函状鎖片から底板を除いた部分が上記円筒状鞘にあたるとみるのが相当である。)のバンド縦方向において、互いに転位された二組に形成されていること、
(2) 結合リンクが、バンド縦縁中に設けられた結合片により形成され、右結合片は、各二個ずつ、その一方の脚をもつて一方の組の鞘の開放端中に挿入され、その他方の脚をもつて他方の組の転位して位置する隣接の鞘中に挿入されていること、
(3) 各鞘中には、バンドの伸延あるいは彎曲に際し発条的に反対作用する彎曲板発条が設けられていること、
において相一致するが、
(4) 本件特許発明においては、その彎曲板発条が右(3)の機能のほかに、結合彎曲片を鞘中に前記のとおりに確保する機能をも有するものであるのに、本件実用新案の腕鎖の底板は、右(3)の機能をもつだけで、連片を函状鎖片(底板を除いたもの。以下便宜上単に「函状鎖片」という。)中に右のように確保する機能はもつておらず、同物件において連片を函状鎖片中に確保する機能は、函状鎖片の両端折曲部で連片の肩部を押えることによつてこれを営んでおり、例えば、本件特許発明のリンクバンドにおいて、鞘の両端の外側部分に舌片を設けてこれを結合彎曲片の肩部の上に折り曲げたのと同様な構造で、連片が函状鎖片の外部に抜け出すことを確実に防止しているのであつて、その確保の機能は、全然彎曲板発条にあたる底板の構造とは関係がないものである点、およびこれに関連して、
(5) 本件実用新案のものが函状鎖片の両端部のいずれかまたは全部にそれぞれ切欠を設けた点において一応相違しているといえる。
(二) そこで、右(4)および(5)の相違点について考えるに、まず、(4)の点に関して、被告は、本件実用新案における右のような確保手段については、本件特許の明細書中にはこれをうかがい知るに足る記載はまつたくないから、この明細書から容易に実施しうるもの、あるいは、単なる設計変更の範囲内にあるものとすることはできないと主張し、また、甲第四号証によれば、本件実用新案の説明書中には、本件実用新案のものが、右のような確保手段をとつたことにより、本件特許の明細書の「附記1」に示されたような構造の従来の製品に比し、(い)連片の折曲部を函状鎖片の折曲両端部で被覆したため、手触りが良好になり、衣服の袖口がひつかからないこと、(ろ)極度に伸長しても連片がはずれることがないこと、等の作用効果がある旨記載されていることが認められる。しかし、本件特許発明は、前認定のとおり、中空筒状の鞘をくいちがいに上下二列に配列し、これを結合彎曲片で結合し、彎曲片の脚のカム作用と鞘に挿入した彎曲板発条の張力による反抗作用を利用して、弾性的に関節結合した点の構成において、まつたく新規なものであるところ、本件特許発明におけるきわめて大きな伸延性および可撓性をリンクバンドに与えたことその他原告主張の諸作用効果(これらは、いずれも甲第三号証により認められる。)は、すべて右の新規な構成にかかるものであることはその構成自体からきわめて明白であるのに対し、彎曲板発条が結合彎曲片を鞘中に確保する機能を有する点は、本件特許発明にかかるリンクバンド全体の構造との対比上、右の諸作用効果に直接関係するものではないとみられることから、この点は、単に右リンクバンドがその使用中に結合彎曲片の脱落により分解することがないようにその脱落を防止するための手段を示しているに過ぎず、本件特許発明の本質に関するものではないといわざるをえないのである。(右の諸作用効果のうち、各部分が鑞着または鋲着を行なうことなくして組み立てられ、その設計および組立は著しく簡単であるとの点についてみても、甲第三号証によれば、本件特許の明細書中では、右の作用効果は「リンクバンドは異なる三部分のみより即ち、鞘、結合彎曲片及板発条より組成せられ之に依り」との記載に続いて記載されていることが認められるのであつて、このことからも、右の作用効果が、脱落防止作用を鞘、結合彎曲片および彎曲板発条の三部材のうちとくに彎曲板発条に行なわせていることにかかつているものとは考えられず、組立等が簡単であるということは、右三部材以外に組立のための部材等を要しない前記新規な構成に由来することを表わすものとみるのが相当である。)してみると、本件特許により、前記の新規な構成による前記の諸作用効果を有し結合彎曲片の脱落防止作用を彎曲板発条により行なわせている本件特許発明のリンクバンドが公開された後、同じく右の新規な構成を有し、そこから前記の諸作用効果をも有し、ただ連片の脱出防止作用を函状鎖片の両端折曲部で連片の肩部を押えることによつて営ませている本件実用新案の腕鎖(リンクバンド)を製作することは、いわば、筒に挿入した物が外部に脱出しないようにするに際し、その物を筒の内部にある物体と掛合する等内部の物との関係で脱出を防止するのに代えて、筒の一部に舌片を設け、これを折り曲げて蓋をするのと同様な程度の工夫を要するだけであつて、単に脱出防止手段を設けた位置を移しかえるに過ぎず、しかも、リンクバンドが前記三部材のみから成り立つているので脱出防止手段も必然的に右三部材のいずれかに設けざるをえない関係にあることを考えれば、当業者にとつてきわめて容易なことといわなければならず、したがつて、前記(4)の相違点は、本件特許発明と本件実用新案のものとを比較するうえでは、単なる設計上の微差とみるべきものである。この点に関する被告の前記主張は、右に説示したところに反するものであつて採用できず、また、本件実用新案のものが、その有する前記確保の構造によつて、前記(い)、(ろ)の作用効果をあげうるとしてもそれは、本件特許発明の前記「附記1」の実施品に比してのものにすぎないことは甲第四号証の記載に照し明らかであるばかりでなく、本件実用新案のものが、本件特許発明による前記作用効果のすべてを備えたほかに有している作用効果であつて、右構造のため本件特許発明の有する作用効果が失われることはまつたくないのであるから、この点は、何ら前記判断を左右するものではない。
つぎに、前記(5)の相違点については、これは、甲第四号証の記載に照してみれば、本件実用新案が前記の確保手段をとつたことに関連して、連片の挿入、抜出による腕鎖の組立、分解を容易にするために設けられた構造であつて、本件特許発明にない附加的構造であり、この構造のために本件特許発明の有する前記作用効果が損なわれることはないことが明らかであるから、本件実用新案のものが本件特許発明の構成および作用効果を具備するかどうかの対比において相違点としてとりあげるべきものではない。
(三) したがつて、本件実用新案にかかるものは、本件特許の権利範囲に属するというべきである。これと見解を異にする乙第一、二号証中の記載は採用できず、また、他に右判断を動かすに足る証拠はない。
なお、被告は、スイス国およびカナダ国において、本件発明と同一の発明が特許された後、本件実用新案と同一または類似のものにつき特許が与えられたとして、本件実用新案のものが本件特許発明と別異のものとされるべき旨の主張をしているが、法制度の異なる外国において右のようなことがあつたとしても、ただちにこれを本訴における前記判断を動かす資料とすることはできないばかりでなく、また、一つの特許の後に他の特許がなされた場合に、そのことだけで後者が前者の権利範囲に属しないとすることのできないことはいうまでもないところであるから、被告の右主張は採用できない。
四 以上のとおりであるから、本件審決は、本件特許と本件実用新案にかかるものとの比較において判断を誤り右と異なる結論に至つた違法があるというべきであり、本件審決に右の違法があることを理由にその取消を求める原告の本訴請求は、その理由があるというべきである。
〔編註〕 本件に関する別紙は左のとおりである。
別紙
本件第二〇九七八八号特許発明(以下前者という。)の要旨は、その明細書および図面とくに特許請求の範囲の記載によつて、
(A) 中空リンクが任意の断面形の円筒状鞘10、11のバンド縦方向において互に(リンクの半分の長さだけ)転位せられたる二組により形成せられ、
(B) 結合リンクがバンド縦縁中に設けられたU字形結合彎曲片14により形成せられ、その結合彎曲片は各二個ずつ、その一方の脚15を以て一方の組の鞘10の開放端中に挿入せられ、その他方の脚16を以て他方の組の転位して位置する隣接せる鞘11中に挿入せられ、
(C) かつ、各鞘中には結合彎曲片を鞘中に確保し、かつ、バンドの伸延あるいは彎曲に際し発条的に反対作用する彎曲板発条12が設けられたことを特徴とする、中空リンクおよびこれを互に関節的に、かつ、伸延可能に結合し発条作用に抗して旋回することができる結合リンクよりなる伸延可能なリンクバンド、殊に腕時計用バンドにあるものと認める。
そして明細書中に「間隙を以て座着する結合彎曲片」と記載されている座着は、「板発条12によつて結合彎曲片14の脚15、16をその内側面から発条的に押圧することによつて、脚15、16の外側面を鞘10、11の内面に圧接する」ことを意味するものであり、上掲要旨認定の(C)における確保は、「バンドの伸縮に当つて結合彎曲片が鞘から抜け出すのを十分に防止できる」ことを意味するものと認める。そしてバンドの伸縮に伴つて結合彎曲片の足が旋回し、これがために脚の内面と板発条との接触、または脚の外面と鞘の内面との接触が各別にまたは同時に線接触になるので、接触部に作用する摩擦力は必然的に低減するばかりでなく、バンドの使用時においては、捩れ方向の伸縮(これによつて結合彎曲片を鞘外に抜け出させる方向に分力が作用する。)もあり得るので、上記した座着のみによつては、結合彎曲片が鞘から抜け出そうとするのを十分に防止できないことは、技術的に容易に首肯できるところである。
したがつて鞘中に挿入された結合彎曲片の脚を彎曲板発条の両端部にて係合機構を使用することなく単に発条的に押圧して得られる座着作用(前掲(C)における―発条的に反対作用する―に相当する。)のみによつては、結合彎曲片を鞘中に確保することはできないところである。これがために、鞘中に挿入された結合彎曲片の脚を鞘中において、彎曲板発条に座着するとともに確保するに当つて、彎曲板発条と結合彎曲片の脚との間に係合機構を必要とすることは容易に首肯できるところであり、また、このようなことはその実施に当つて容易になし得るところであるから、上記彎曲板発条をして鞘中において結合彎曲片を確保する作用と座着する作用とを行なわせるようにしたことが前者の構成必須要件であるものと認める。
これに対して登録第四五九八〇二号実用新案(以下後者という。)の要旨は、その図面および説明書とくに登録請求の範囲の記載によつて、
(A´) 両側縁および両端部2を折曲げて天蓋と周壁とを形成し、その両側縁の爪4に底板7の両側縁を支持させてなる函状鎖片1を腹合せに(その半分の長さだけ転位して)対向せしめ、
(B´) 函状鎖片1の両端部内に、ほぼU字形に折曲げてその両脚部6の内側面をほぼ平坦に形成した各一対の連片5、5の各一方の脚を揃えて挿入するとともに、各他方の脚部をその函状鎖片1の腹合せに対向する両隣りの函状鎖片1の両端部内にそれぞれ挿入し、
(C´) 前記底板7の両端部8を上方に折曲げ、連片5、5の各脚部6、6の内側面を常時に底板7の両端面に弾圧させるとともに、各連片5の折曲部を前記両端部2に被覆させることによつて多数の函状鎖片を順次に連鎖し、
(A´´) かつ、各両端部2のいずれか、または全部にそれぞれ切欠3を設けてなる、
腕鎖の構造にあるものと認める。
そして底板7はその両端によつて連片5を函状鎖片1の天蓋の内側面に圧接、すなわち座着せしめるとともに、連片は鎖の伸縮に当つて旋回するも、函状鎖片1の両側の折曲部2によつて抜け出すのを十分に防止、すなわち確保されているものであることは、その説明書の記載によつて明らかなところである。
そこで両者を対比すると「バンドの縦方向に沿つて互に半分の長さだけ転位して腹合せにした二組の中空リンク(鞘、函状鎖片)をU字形結合リンク(彎曲片、連片)にて関節的に連結し、中空リンク内に挿入されたU字形結合リンクの脚を中空リンク内において彎曲板発条(後者の底板は前者の彎曲板発条に相当する。)によつて旋回可能に座着し、バンドの伸縮時に結合リンクが中空リンクより抜け出さないように確保した伸縮可能なリンクバンド」である点において両者の構造は一致しており、次の点において両者は相違しているものと認める。
すなわち、結合リンクバンドの伸縮時に結合リンクが中空リンクから抜け出さないように結合リンクを確保するに当つて、前者は彎曲板発条によつて鞘(中空リンク)中において結合彎曲片(結合リンク)を確保(この確保は座着と相違するものであることは既述のとおりである。)するようにしたものであるのに対して、後者は底板(彎曲板発条)によつて連片(結合リンク)の脚を函状鎖片(中空リンク)の中において前者と同様に単に座着したものであつて、前者のように確保したものではなく、連片の確保は函状鎖片の両端折曲部と連片の肩部との係合によつて行なうようにしたものである。
上記相違点を要約すると、前者の彎曲板発条は、前掲要旨認定の(C)によつて明らかなように鞘中において結合彎曲片を確保することを発明構成の必須要件としているのに対し、後者にはこのような前者の発明構成の必須要件を備えていないことに帰着する。
してみれば、後者は前者の必須不可欠の要件を欠いているから、後者が前者の権利範囲に属するものとは認められない。